地域新聞辻堂タイムズ
 
辻堂物語その10 辻堂駅創設の秘話−2
 
tujidoueki

辻堂駅が創設することに決まって、場所をどこにするかということが大きな問題、それは…。 
  「辻堂駅」は辻堂の中心、当時の集落の中心的位置にあるのではなかった。集落の西の端、隣市茅ヶ崎の集落に接するところにある。通称「西口」の改札を出ると、そこは隣のマチなのである。駅が創設されなかった頃、この付近は、農地と森林が多く、民家は少なかった。ずっと集落の中ほどの本村(ほんむら)の十字路付近に店舗が数件あった。ここが集落の中心地であったという。地元の住民たちの辻堂駅創設場所の要望としては、集落の中心地(四つ角)から北に向かった地点、つまり「旧・辻堂踏切」(現在はサーファー通りを北上してJR線路にぶつかる地点)の付近であった。
  当地の産物(薩摩芋や野菜及び魚類等)の出荷の手段の確保や、海軍演習地(現在の辻堂団地周辺)への兵士・物資の輸送のため、住民は住民のため、海軍は海軍のため、それぞれが違う立場ではあったが、駅開設の運動が開始された。そして、大正5年12月1日「辻堂駅」が開設された。辻堂駅が集落の西隅に創設されることになり、横須賀から来る海軍の軍人たちの行き来や軍事物資の輸送には非常に都合がよくなったという。
  大正五年に創設された当時の辻堂駅前は、閑散としていたという。熾烈な設置運動の割に利用者は少なく、そのような状態は長く続いた。今のようなバスやタクシーの発着地としての賑わいはなく、たまに自動車が駅の付近をノロノロと走る程度で、人力車が何台も客待ちをしており、人の姿はまばらであった。
  湘南CーXに伴う昨今の辻堂駅の近代化を見ると、昔の辻堂駅の風景はまるで映画のワンシーンのようでもある。

*辻堂駅南側の交番脇の記念碑には、駅の創設意義と協力者の名前が刻まれている。

参考文献「わが住む里 重田寿著」藤沢市総合市民図書館その10辻堂物語

 
 
2011年10月号地域新聞辻堂タイムズ掲載記事