地域新聞辻堂タイムズ
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The History of TSUJIDO

『辻堂物語』その6  辻堂の地名にはどんな由来があるのだろうか〜浜見山〜

 
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 かつての辻堂海岸では、村人が魚群を追って船を出し、地引網が行われていた。イワシ、サバ、アジ、そして沖ではブリもとれていたという。
現在の辻堂市民センターのあたりは松のはえた砂山で、漁師が魚の群れを発見するために松の木に登り、海の様子を眺めたところだったので” 浜見山“ 、あるいはこの土地の所有者であった木村源右衛門の名前をとって
” 源右衛門山“ と呼ばれていた。
網元は今は五郎引網と高網の二つになってしまったが、漁業の盛んなときには十一を数えた。旧網元が集まっている元町四丁目の緑の広場東側のまっすぐな道は地引網用の網を作ったところで、” 綱より場“ といわれていた。
辻堂海岸では辻堂特産といわれた「ながらみ」という貝がたくさんとれ、その貝殻が捨てられて山になったという” 貝殻山“ が現在の白浜養護学校のあたりにあったが、戦後、養鶏が盛んになった時、鶏のえさにするため貝殻は持ち去られ山はなくなったという。

 

参考文献:「藤沢の地名」発行 藤沢市

2011年4月号地域新聞辻堂タイムズ掲載記事