地域新聞辻堂タイムズ
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辻堂物語その7 辻堂西海岸の昔の様子〜

 
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 辻堂団地や海浜公園のある” 辻堂西海岸“ 一帯は広大な砂丘地帯で、徳川時代中期から砲術の練習場として使われるようになり、明治になってからは海軍陸戦隊の演習地となっていた。国道一三四号線の浜見山派出所付近にあった赤土山は標的として人工的に築かれた山で、辻堂小学校の北側の小高い” チョンボリ山“ からこの山をめがけて、あるいは海に標的をのせたイカダをめがけて大砲や高射砲の演習が行われていた。また、辻堂団地バスターミナル北側にある作兵衛山からも茅ケ崎のエボシ岩にむかって高射砲の演習が行われていた。この山は作兵衛さんという人が所有していた山で、時々狐火が出たので
” 狐山“ とも呼ばれていたという。浜見山の西、湘南工科大付近は砂丘で” 七本松“ と呼ばれていたが、海軍では演習の都合上、これを” 東吹寄せ“ と呼び、白浜養護学校の辺りにあった
” 貝殻山“ を” 西吹寄せ“ と呼んでいた。また、高砂小学校から白浜養護学校のあたりは” 河中“ と呼ばれる湿地でアシがボサボサとはえており川が流れていたという。


参考文献:「藤沢の地名」発行 藤沢市  写真資料:藤沢市文書館所蔵〜


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2011年6月号地域新聞辻堂タイムズ掲載記事