地域新聞辻堂タイムズ
 

辻堂物語 その9 辻堂駅創設の秘話 −1

 
tujidomonogatari

辻堂物語 近代的な駅へと変貌をとげる辻堂駅、その創設までにはどんな歴史があったのだろうか…。


  新橋と横浜(現、桜木町)間に鉄道が創設されたのが明治5年。その後、国府津までに延びた。これが東海道線の始まりである。その後45年、途中駅である「辻堂駅」が創設されることとなった。この駅も他の駅と同じように一朝一夕にできたわけではなく、創設の運動が長い間行われ、結実を見るに至ったのであった。辻堂駅の創設は、全国でも類のない地元請願駅で、駅舎用地と建設資金を地元の有志たちが提供した。(用地2500坪と建設資金2483円を住民負担:当時の土地の価格は300坪当り150円)また、当時の鉄道員総裁に強力な設置運動を展開した結果、実現したということである。 
  辻堂駅が創設される前の辻堂は、江戸時代以前からあって、比較的伝統があった農村であった。しかし、人口が数百人という状態、めぼしい産業もなく、土地はやせていて半農半漁であった。しかし、辻堂海岸には全国的にも珍しい砂丘が広がっていて、気候は温和、風光は明媚として知れ渡っていた。それゆえに、都会の人士たちの寓居(*)が数多く建てられていた。辻堂の海岸付近は、江戸時代には幕府の軍隊の訓練所(砲術)、明治時代には海軍の「横須賀海兵団」として演習地は受け継がれていた。そのようなこともあり、辻堂は終戦まではただの農村でありながら軍部的な雰囲気も漂わせていた。
  辻堂駅が創設することに決まってからは、場所をどこにするかということが大きな問題になったという。秘められたゴタゴタ…それはいったい何であったのであろうか? 


(辻堂物語10に続く)

辻堂駅創設の 秘話−1参考文献「わが住む里 重田寿著」藤沢市総合市民図書館 写真:藤沢市文書館資料その9(*)仮の住まい 

 
 
2011年8月号地域新聞辻堂タイムズ掲載記事