地域新聞辻堂タイムズ
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辻堂物語その13 辻堂の道

 

夏の辻堂の祭り「辻堂諏訪神社例大祭」では、人形山車が神社境内に向かう際にまず「四ツ角」に集まる。辻堂の「四ツ角」にはどんな意味があるのだろうか…。
昔の辻堂村は辻堂四ツ角と言われるところを中心に道に沿って東町、西町、南町、北町というふうに集落が形成され、ここから藤沢へ、鎌倉へ、東海道へと道が放射状に伸びていた。四ツ角のすぐそばには「南の寺」と呼ばれる海龍山観音院宝泉寺があり、建久年間(1190〜1199)頃、源頼朝の勧請によって創立されたといわれている。また別名、光明真言道場とも呼ばれ、大山詣りの人たちが立ち寄るコースになっていた。
四ツ角から東南へ進むと鎌倉道がある。太平台の坂を登り、東へ下った所は、河川改修される以前の引地川が大きく蛇行したところで旧作橋がかかっていた。この橋は、地引網船の船底を土台に載せただけのもので、稲を背負って歩くのも恐ろしかったという。 東町の公民館の隣にある八松稲荷の前を右折すると三角池と呼ばれる辻で三角形の防火用水池があったという。
「四ツ角」を中心に町ができていった辻堂。そして寺があり、人々が道を往来していた。昔に想いをはせ、辻堂の通りを歩いてみてはいかがだろうか

参考文献:「藤沢の地名」発行 藤沢市  ・イラスト地図「藤沢の地名」P36から引用

 
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「四ツ角」所在地:藤沢市辻堂元町3丁目8、9、15、16番の交点
 
 

2012年1月号地域新聞辻堂タイムズ掲載記事