地域新聞辻堂タイムズ
 
辻堂物語その21  〜名旅館「東屋」とは〜
 
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 1886年(明治19年)、鵠沼海岸海水浴場が開設されたのをきっかけに、海岸部には地元の有力者三觜直吉の「鵠沼館」や「對江館」、「東屋」という3軒の旅館が建った。その中でもとりわけ有名なのが「東屋」だった。
 
  「東屋」は、現在の藤沢市鵠沼海岸二丁目8番一帯に約5000坪の広大な敷地を有し、大きな庭池には舟を浮かべることもできるリゾート旅館だった。本館は木造二階建てで客室は14、庭には離れが5棟あった。2階の座敷からは江ノ島はもちろん、大島や富士山も見ることができた。別荘地・鵠沼の地、海を近くに景色も素晴らしく趣のある「東屋」は当時、特別な存在だったに違いない。
  また「東屋」は文化人の社交施設としても有名であった。谷崎潤一郎、志賀直哉、武者小路実篤、与謝野晶子、岸田劉生など明治から昭和の文人が逗留し、執筆活動をした旅館でもあった。芥川龍之介は大正15年から妻の実家のある鵠沼に行き、妻子と共に「東屋」に滞在し、「鵠沼雑記」を書いている。そして『追憶』を発表し始める。
  創設期、「東屋」の経営は、鵠沼海岸別荘地を開拓した伊東将行と長谷川榮(ゑい)によってなされていた。その後、長谷川榮の姉・長谷川たきが経営を継ぎ、そして長谷川榮の養子である長谷川欽一(鵠沼小学校卒・暁星中〜フランスに留学)が「東屋」にたずさわり、廃業とするまでの半世紀、名旅館「東屋」は鵠沼に存在し続けた。

 

参考文献:高木和男著「鵠沼海岸百年の歴史」、藤沢市教育委員会「湘南の誕生」

 
 
2012年12月号地域新聞辻堂タイムズ掲載記事