地域新聞辻堂タイムズ
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辻堂物語 その15 宝泉寺

 
housennji

南の寺と呼ばれる辻堂元町の「宝泉寺」。   建久年間(1190〜99)頃、源頼朝の勧請によって創立されたと言われている。その宝泉寺が賑わいを見せていたのが江戸時代だ。当時、江戸の庶民にとっての娯楽のひとつが、大山詣と江ノ島詣であった。その大山詣の人々が立ち寄ったのが、宝泉寺であった。大山詣の帰路は必ず宝泉寺を真言道場として参拝しないと片詣りで縁起が悪いとされていた。 毎年夏の大山詣の時期は、宝泉寺境内は白衣の行者で賑わい、辻堂本村通りは辻堂銀座といわれるほどであったと伝えられている。大山の山中を下り、辻堂の道を歩いた江戸時代の人々はどんな想いでこの地を歩いたのだろう。「潮の香りがするなぁ」などといった会話が交わされていたのだろうか。
  寛保2年(1742年)愛媛県出身の行者空山が造立した道標(場所*に記載)が辻堂神台の東海道並びにあるが、これは宝泉寺境内に現存する道標石と対をなしており、この2つの道標石を連ねる道中が光明真言道場道といわれていた。

*道標所在地…藤沢市辻堂神台2ー13ー24 東海道並びその15宝泉寺辻堂物語

(参考文献:「辻堂古道および周辺の文化財」「ふるさとマップ辻堂」) 
 

2012年3月号地域新聞辻堂タイムズ掲載記事