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 辻堂今昔物語番外編 
鵠沼今昔物語編集・資料提供:鵠沼郷土資料展示室
歴史探訪
鵠沼今昔物語 其の六

戦争終盤、硫黄島・沖縄諸島が陥落すると相模湾が連
合軍の本土上陸作戦地点とほぼ決まり、日本各地から老兵士が満足に銃も無く動員さ
れ各学校に駐屯した。
 毎日飛来する敵機は次のターゲットのビラを撒いた。小型機はゲームの様に機銃を
撃っては旋回してこちらを眺めていた。そして平塚は7月16日・小田原は8月14〜15日
に百機を超すB29で攻撃された。藤沢は24日に予告されていたが、8月15日の終戦で免
れた。これには広島・長崎の二発の忌まわしい原爆の投下があった。 8月27日、相模
湾は終結した連合軍の艦船で埋め尽くされた。水平線が見えぬほど船船船であった。
 占領軍が第一番に鵠沼で始めたことは、砂で埋もれた湘南海岸道路(現134号線)の砂
の撤去だった。
 大きなダンプカーで大変な台数であったが一週間ほどで道路はかたずいた。次はジー
プに乗った兵士が洋館のあるお屋敷の門柱に黄色のペンキでFXの標識を付して、後日
通訳とやって着て、接収した。

このコーナーは鵠沼郷土資
料展示室の編集協力により
連載してきました次回は最終回
*その他の資料や詳しくは鵠沼郷土資料館へおこしください
鵠沼郷土資料展示室(鵠沼市民センター内) 第三月曜休館 TEL/0466-33-2001