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明治中開校物語 明治中60年の歴史
【前編】〜学校創立時編〜


昭和29年(1954年)の懐かしい木造校舎
資料提供:藤沢市立明治中学校同窓会

明治中学校は昨年5月に開校60周年を迎え、11月に同窓会・PTA・学校の三者主催で記念事業を行った。その軌跡を振り返ってみましょう。

 第2次世界大戦敗戦直後の混乱期最中である昭和21年、日本国憲法の公布に続き教育基本法と学校教育法が公布され、現在の六・三・三制の教育制度がスタートしました。藤沢市内に於いては、第一・明治・鵠沼・六会・片瀬・御所見の6校の新制中学校が開校を目指すこととなり、昭和22年5月5日に6校が一斉に開校しました。

 開校当時の明治中学校は、他の新制中学校と同様に無い物づくしで、開校とは名ばかりのスタートでした。校舎は明治小学校の空いている教室の6部屋を借用して、新入生262名、教師6名、用務員1名の船出でありました。5クラスで1学級52〜53名の寿司詰め状態となり、しかも教室にある物は黒板とチョークのみで、地図や掛け図も小学校から借りて授業をしたり、運動場も小学校と共用であったので、ずいぶん肩身の狭い思いをしたようです。戦後で物資も無く財政も逼迫していた時代でしたが、初代今関校長を始め教職員、生徒、保護者、地域の方の「たとえ粗末なものでも独立校舎を!」との願いが通じて、現在の学校敷地を早期に買収し校舎を建設することが議会で決定しました。

 昭和23年3月に校舎の建設が始まり、たった半年で木造二階建ての第一校舎が完成し、11月1日に新しい校舎に自分達の使っている机・椅子などを生徒達の手により引っ越し作業をしました。

 このことにより移転の日を明治中学校開校記念日としています。(現在では同窓会「柏会」で毎年11月3日の文化の日を「柏の日」として記念行事を実施)。新校舎に移ってからも苦難は続き、運動場が畑だったことから生徒全員で土をならしたり、資金難から学校債を発行し地域の方に引き受けてもらったり、寄付金を募り、やっと教材や下駄箱などの教育環境が整っていった。
(来月号へ続く) 後編を見る

*地域新聞辻堂タイムズ2008年1月号取材記事