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藤沢市辻堂小学校 辻堂物語 第一回目
辻堂物語 第二回目 地域とはぐくむ地域学習辻堂タイムズでは、辻堂小学校の子ども達の活気あふれる『辻堂物語』の授業成果を7回に分けて連載していきます。みなさんも一緒に考えたり、答えてみてね。
私たちのふるさと辻堂探しにでかけよう・・・
地域学習 『辻堂物語』完成。子どもたち自ら取材・調査!
藤沢市辻堂小学校4年5組(昨年度)


 平安時代末期、言い伝えによると辻堂村には見渡す限りの砂浜と松林が点在し、
数名の平家の落人が住み着いたと言われる。その後、鎌倉幕府が源頼朝により開かれた。
 明治維新当時の辻堂に移住していた人々の姓名の記録は17氏族を数え、
この中で石井家の茂兵衛さんを主人公にしながら辻堂が発展してきた様子を、子どもたちが紙芝居に創作した。

▲2班「辻堂を切り開いた人々」チーム

紙芝居 茂兵衛物語   


作:佐々木萌 絵・武田海里 監修:武田和恵
*この紙芝居は辻堂茂兵衛資料館の石井三郎さんのお話しをもとに創作したものです。
@茂兵衛さんの家 今から、300年程前、辻堂村に茂兵衛という一人の庄屋(名主)が住んでいました。庄屋(名主)とは、村のまとめ役で、農民の代表者でした。ある日のこと、茂兵衛さんの家に一通の手紙が届きました。
A江戸幕府の直轄地 それは、村人からのものでした。中には、「何とか作物の作れる土地を見つけることができないでしょうか。私たちの生活は苦しくてなりません。」と書いてありました。茂兵衛さんは、その文面を読んで、 「うん、ここにある土地といえば、あの幕府の土地しかないあ。」と考え込んでしまいました。その頃の海岸は、片瀬から平塚の花水川の川口までの広い砂地になっていました。この土地は江戸幕府の直轄地で、鉄砲の練習場になっていたのです。「そうだ。」茂兵衛さんの頭にある考えが浮かびました。「この土地に新田を開発させてもらおう。」
B役人の代官への手紙 次の日、茂兵衛さんは、役人の代官の元へ出掛けて、土地の開拓をお願いしてみました。三日後、届けられた代官からの手紙には、「許可する」との言葉がありました。
C新田が出来、作物が育つ こうして、茂兵衛さんのおかげで、村人が作付けに使える土地が調練場の中にできたのです。わずかですが、新田ができたことで農民は、より多くの作物を手に入れることができ、茂兵衛さんに皆感謝しました。
D物を求めて通う道 ある時、茂兵衛さんは、海から採れた魚を持って、山の方に旅に出ました。辻堂村は、半農半漁といって、生活するためには、農業に加えて漁業をして生計をたてる必要がありました。山の中では、海の魚が珍しく、山の実やキノコと交換することが出来ました。すると、あるおばあさんが、「おたくさんは、塩を持ってないかね山では、塩が採れねえ。何とかして手に入れたいのだが。」
E塩田での海水撤き 茂兵衛さんは、旅から戻ると、海の水を汲んできて、松の木で海水を沸騰さ、何時間もかけてわずかの塩を採りだしました。そのため、松の木は、どんどん数を減らし、塩は思うように採れませんでした。
F釜で海水の煮詰め また茂兵衛は、考えました。「松の木がどんどんなくなるのは、砂がとんできて大変だ。海水を砂のところに撒いてまず天日で乾燥させたらどうだろうか。」と思いつきました。太陽の熱で水分がなくなり、濃い海水を含んだ塩砂の層ができました。
G塩の採取と年貢 その砂を集めると、今度はたくさんの塩が出来上がりました。塩は、年貢代わりにお上に納めることが出来たので、辻堂では、塩を納める農民が増えたと言うそうです。
H辻堂の作物 その頃、辻堂村の畑で取れる物といえば、さつまいもと麦ぐらいでした。茂平衛さんたちは、「何とか野菜を作りたいものだ。」と考えました。やせた砂地で作物の育たない土地に野菜など出来るはずがありません。野菜を作るには、肥料が必要です。その頃使える肥料といえば、私達の体からだされるフンや尿しかありませんでした。しかも、良い野菜を作るには、大量の肥料が必要です。茂兵衛さんは、考えました。人の集まるところに行けば、それは、たくさん集められるはずだと、考えました。
I肥料を求めて 茂平衛さんは、蔵の中の荷負に桶の中にサツマイモを入れて肩に担ぐと旅人がとまっている藤沢宿に出掛けました。「申し訳ねいが、肥やしをわけてもらえまいか」と尋ねると、宿ではその片付けに困っていたので、 「きれいにしてくれるなら、勝手に持っていっていいよ。」というので、お礼にサツマイモを置いて持ち帰りました。
J人の糞を求めて江ノ島の宿屋へ その後、村人にもこの話を伝え、今後は客が多く泊まっている江ノ島の宿屋にももらいにいくよ 
 うになりました。
K辻堂に野菜が育つ こうして辻堂村でも、野菜を作ることが出来るようになったそうです。
●子どもたちの感想より
「茂兵衛さんの話を作り、それを紙芝居にするのは大変だったけど、がんばったかなと思う」(佐々木さん)
「お母さんの意見を参考にしながら、場面を考え、色を選んでよく描けたと思う」
(武田さん)
辻堂物語 二番(元4年5組)

江戸幕府の直轄地
土地のやせた この村に
名主の茂兵衛 あったとさ
民の願い かなうよう
土地の活用 願い出る
半農半漁の 生活に
豊かな海の 恵みあり
海から山への 塩の道
物を求めて 通う道